ロアーの映画ログ(ブログ支部)

インスタにポストしている映画の感想をまとめるための支部

【映画 / 舞台】ナショナル・シアター・ライブ 善き人

全て削ぎ落としたシンプルな舞台だからこそ、変化球の焚書や軍服、水晶の夜の音やラストの演奏シーンのインパクトがダイレクトにガンッ!と来る。

【ナショナル・シアター・ライブ 善き人】 2023年 - イギリス - 136分

原題:
National TheaterLive: Good
監督:
ドミニク・クック
キャスト:
デヴィッド・テナント
エリオット・リーヴィー
シャロン・スモール
原作:
C・P・テイラー 『GOOD』


大学教授のジョン・ハルダーは、視覚障害認知症を患う母の介護している経験から、人として最低限の生活を送れない者に安楽死を推奨する論文を執筆する。その論文がヒトラーに気に入られ、ジョンはナチス親衛隊に入隊することになり...



デヴィテナ目当てで観たものの、ナショナル・シアター・ライブ(NTL)が大好きなので、気持ち的には推しを観たい<<<NTLを観たいだったかも。デヴィテナと同じく推しであるヴィゴが映画版でジョンを演じていて、まだ未見だったのでNTL版鑑賞前に観ようと思ったのに、積み映画になってると思い込んでいたBDを実は持っていなかったことが判明して配信にもなくて、今はひたすら途方に暮れてるところ。

てっきり不当な命令に抗いつつも"善き人"を貫き通した正義の人のお話だと思い込んでいたので、実際はひとりのごくごく普通の男が、自分の選択によって流されるままユダヤ人大量虐殺の切っ掛けになってしまうお話だったと知って衝撃を受けた。
皮肉というか、問いかけのようなタイトルの妙。ふとした瞬間「...自分は悪くないよね?これで良かったんだよね?」と不安に襲われるあの嫌な感じ。

ジョンは選択を迫られる度に、自分にとって都合の良い方、自分の信じたい方を肯定してしまった。
ジョンは自分に甘かった、弱い人間だったとも言えるかもしれない。
でも、ずっと同じ価値観や倫理観を貫き通せる人って、果たしてどれだけいるだろうか?献身が報われない日々の中、自分に転機が巡ってきたら首を横に振れるだろうか?友人に対して慰めの言葉をかけることは悪いことなんだろうか?自分の何気ない選択の先に悍ましい結果が待っているだなんて、最初から想像できただろうか?

ユダヤ人大量虐殺の引き金となったジョンを、結論だけ見たら人は"極悪人"と呼ぶかもしれない。悍ましい事件が起きた時、何らかの強い思想や悪意を持った酷い人間が引き起こした所業に違いないと当たり前のように考えてしまうけど、実際にはジョンのようにただ流されてそこに行き着いてしまっただけの人もいたんじゃないかと思うと、途端に世の中が怖くなってくる。

本を愛していた筈のジョンが焚書リストを見た時の反応に「えっ...」となって、それがやがて唯一無二だった親友、愛していた筈の妻、ずっと介護し続けていた母へと繋がっていくのも恐ろしかった。
何もかも失った(捨てた)ジョンに向かって「大丈夫、あなたは善い人よ」と言うのが、不倫の末に結ばれた愛人だったというのも...

登場人物はおよそ10人以上いるものの、打ちっぱなしの灰色の壁に役者は主に3人だけで、同じ役者がコロコロと違う人物を演じ分けていたことにも圧倒された。特に唯一の女性キャストであるシャロン・スモール。
妻と愛人と母親という似て非なる...と言うか、非にて似ると言えそうな役どころを、照明の演出と演技力だけで表現していたのが圧巻だった。
デヴィテナのジョンだけはひとりひと役なんだけど、相手との会話と自分の心の中の声を演じ分けていたので、ある意味ひと役とも言い切れなくて、最大限に引き出された役者の演技力にひたすら惹き込まれる舞台だった。

そんな全て削ぎ落としたシンプルな舞台だからこそ、変化球の焚書や軍服、水晶の夜の音やラストの演奏シーンのインパクトがダイレクトにガンッ!と来る。

きむすば劇場「オムニバース」の感想で「舞台上の生着替えやばい」と萌えてた私なので本来、あのデヴィテナのお着替えシーンはもっとキャッキャと喜べるはずだったのに、着替えが始まった瞬間から「あぁ...」と絶望的な気分になって、むしろ心底ゾッとした。こんなに絶望的な気分になる推しの軍服姿なんて他にない。

ジョンの乖離しつつある現実と幻覚の狭間を、時にコミカルな笑いを踏まえながら音楽で表していたのも素晴らしかった。これ...特にラストは生で舞台を観ていたら鳥肌が立ったと思う。
NTLを観る度、こんなにすごいお芝居を生で観ている英国人に嫉妬してしまう。日本でも佐藤隆太主演で「GOOD -善き人-」の舞台再演が決定したそうだけど、デヴィテナをはじめとした3人の圧倒的な演技を観てしまうと、果たして日本で生で舞台を観たとして、スクリーンで観たNTLのあの衝撃を超えられるんだろうか?とついつい疑ってしまう。


(2024/01/03)映画館(字幕)


www.youtube.com